2011年4月1日
暫定規制値とは何か
3月11日の福島第一原発の事故発生から約1週間後の19日、茨城県のホウレンソウと福島県産の牛乳から「暫定規制値」をこえる放射性ヨウ素が検出された。そして事故以来はじめてまとまった降雨があった後の23日、東京(金町浄水場)の水道水から放射性ヨウ素が検出された。農産物については出荷停止措置がとられ、水道水から検出されたヨウ素131は、1リットルあたり200ベクレルで、満1歳以上の幼児から成人までの「暫定規制値」の300ベクレルは下回っており飲用しても支障ないが、乳児の規制値100ベクレルを上回っているため飲用させないようにすべきとされた。茨城県内でも多くの地域で規制値を超え、同様の措置がとられた。
「暫定規制値」は、実際に検出された直前の3月17日、厚生労働省から、全国の保健所を管轄する都道府県知事らに通達されたものである(食安発0317第3号、www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf)。放射性ヨウ素については飲料水と牛乳・乳製品で300Bq/kg、野菜類で2000Bq/kgとされ、このうち牛乳・乳製品については「100Bq/kgを超えるものは、乳児用調整粉乳及び直接飲用する乳に使用しないよう指導すること」とある(Bqはベクレル。1リットルは1kgに等しい)。
(飲料水については、乳児の場合に3分の1とする規定はない。にもかかわらず、水道事業者は300bqの3分の1である100Bq/kgを超えた水道水を乳児に飲用させないようにせよという。粉ミルクを溶く水道水が100Bq/kgを超えると結果として乳児が「直接飲用する乳」が100Bq/kgを超え、暫定基準値を超えると判断したのだろう。)
「暫定規制値」は、日常的な食品の安全性に関する行政上の規制ではない。第二次大戦後、頻繁に実施された核実験やチェルノブイリ原子炉事故等により世界中に拡散した核物質から国民の健康を守るために設定された、などという趣旨のものではない。今回の福島原発事故以前には食品中の放射性物質に関する規制値は設定されていなかった。
「暫定規制値」は内閣総理大臣が原子力緊急事態宣言を発出した時点で、すなわち重大原子力事故により大量の放射性物質の放出・拡散がはじまり、きわめて広範な領域において相当の長期にわたって食品汚染が継続することが不可避になった時点で、初めて設定されたのである。
「暫定規制値」の数値は、厚生労働省が国民の健康被害を防止するために、さまざまな科学的検討・医学的検討を重ねて設定したというものでもない。上記通達は、「当分の間、別添の原子力安全委員会により示された指標値を『暫定規制値』とし」たものだという。
事故の責任者が規制値を決める
原子力安全委員会とは何か。
「我が国の原子力安全規制は、原子力施設の設置、建設、運転の各段階において、規制行政庁である文部科学省、経済産業省等が規制を行い、原子力安全委員会が規制行政庁の行う規制活動を監視・監査するという体制になっています。」(『原子力安全白書 平成21年版』、32-33頁、www.nsc.go.jp/hakusyo/hakusyo21/pdf/gaiyou.pdf)
今回の福島第一原子力発電所の場合、事業者は東京電力株式会社、その規制官庁は経済産業省(そのなかに置かれた「特別の機関」である原子力安全・保安院)、そして規制官庁の規制活動を監視・監査するのが原子力安全委員会である。
原子力安全委員会は、そうしようと思えば全国の原発をただちに停止させ、廃止させることもできる強大な権限を持つ。いまここでは詳細に論ずることはできないが、とりわけ今回の福島第一原発における原子炉事故に関連しては、老朽化した原子炉(1号炉は3月28日が40周年だった)の継続使用の危険性、3号炉でのプルサーマル運転(猛毒物質プルトニウムの使用)の危険性、耐震性不足や津波への無防備(過去の実例で巨大津波が予想されていた)など様々の問題点が指摘されていたにもかかわらず、それらを全部無視し、あえて運転の継続を承認してきた機関である。事故発生に関する国の責任が最終的に帰着する機関といってよい。
国民の健康を守る責務を負った厚生労働省は、食品の安全性を保障するうえで極めて重大な意味をもつ「暫定規制値」をみずから定めるのではなく、国における原子炉事故の最終的責任者というべき原子力安全委員会の手に委ねてしまったのだ。
WHO基準の30倍
問題はその数値である。世界保健機構(WHO : World Health Organization)の “Guidelines for drinking-water quality Volume 1 3rd edition”(Geneve, 2004)〔財団法人日本水道協会訳『飲料水水質ガイドライン 第1巻 第3版』2008年、whqlibdoc.who.int/publications/2004/9241546387_jpn.pdf〕によると、ヨウ素131の規制値は10Bq/kgである。厚労省の規制値はWHOの基準の30倍で、運用上その3分の1としてある乳児の場合でも10倍である。
東京都水道局は、23日午前6時、51Bq/kgに下がったので乳児が飲んでもよいと発表したが、その時点でもWHOの基準の5倍以上である。事故後に厚労省が発したわずか2頁の通達により、全水道事業者が国際基準の30倍のきわめて緩い基準をもとに「安全」を保障しているのだ。
「暫定規制値」という文言から、当然、次に予想されるのは数値の恣意的変更である。ここでただちに動いた者がいる。茨城県知事橋本昌である。