2011年11月25日
文科省と原子力安全委の協議
2011年6月28日、全教の交渉団の一員として交渉に臨んだ茨城県高等学校教職員組合に対して、文部科学省(科学技術・学術政策局政策課総括係長遠藤正紀)は、福島県内の学校の児童生徒について年間20mSv、学校の屋外で1時間あたり3.8μSvの放射線量を許容するとした4月19日付け通達は文部科学省が策定したものではなく原子力災害対策本部から下りてきたものを福島県内の学校の設置者にとりついだに過ぎない、と説明した。
原子力災害対策本部は、菅直人総理大臣(当時)を本部長とし、文部科学大臣ら全閣僚が本部員をつめる組織である。当時文部科学大臣だった高木義明ひとりが個人的に参加しているわけではない。文部科学大臣が本部員であるということは、文部科学省の全職員が原子力災害対策本部の構成員としてその業務に携わるということである。文部科学省は、許容線量を年間20mSv、学校の屋外で1時間あたり3.8μSvとする「暫定的考え方」の原案を作成し、4月9日以降原子力安全委員会との間で「協議」を進めた。19日に原子力安全委員会は「暫定的考え方」を了承する旨、原子力災害対策本部に通知した。そして即日、国から福島県等に通達されたのだ。
このほど、文科省・遠藤係長の説明のとおりであれば存在しないはずの文部科学省が作成した同通達の起案書、ならびに同省と原子力安全委員会との「協議」に関する文書を、情報公開法により入手した。
4月9日12時01分、原子力安全委員会管理環境課の都築課長は、原子力災害対策本部の一組織である文部科学省から届いた「暫定的考え方」の案文に対する助言の「暫定案」をファクシミリで返信した。ファクシミリの発信者は「原子力安全委員会緊急技術助言組織」で、宛先は「EOC松本様」となっている。「EOC」とは文部科学省非常災害対策センター、「松本様」とは文部科学省学術政策局原子力安全課の松本課長補佐である。
4月中旬に「事故収束」断定
文科省の案文は、
原子力発電所の事故の状況は続いているが、このような地域〔避難区域等以外〕の環境においては放射性物質の放出の影響は比較的小さいので、児童生徒等が学校教育・保育を受ける必要性から次のように国際的基準を考慮することが適当である。
と述べ、ICRPの勧告文書109と、3月21日付け声明文を援用し、
子供たちが学校に通えるエリアにおいては、非常事態収束後の参考レベルを基本とし、参考レベルの上限である20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とする。
としていた。
これに対して、原子力安全委員会の「助言」暫定案は、次のとおり指摘する。
現時点において非常事態は収束していないことにかんがみ、緊急事態の措置として、緊急時被ばく状況の参考レベルである20〜100mSvの下限である20mSvを目安として設定すべきです。
「事故の状況は続いている」が、「放射性物質の放出の影響は比較的小さい」ので収束期とみなし収束期の許容被爆量(1〜20mSv)の範囲内で参考レベルを設定するという文科省に対して、原子力安全委員会は、事故は収束していないのだから収束期の基準を採用できるはずはなく、緊急時の許容被爆量(20〜100mSv)の範囲内で参考レベルを設定すべきだというのだ。
いずれにしても結論は20mSvで同じなのだが、その根拠理由はまったく異なる。原子力安全委員会からみれば、文科省の現状認識は根本的に誤っている。前提が成り立たない以上、ICRPの勧告する被爆線量設定の当て嵌めはできないことになる。
ところが、3時間後の午後3時00分に送信されたファクシミリで、原子力安全委員会の「助言」の「暫定案」はガラリと変化する。事故収束期とみなすのは誤りで、「緊急時」の20〜100mSvの範囲で基準値を設定すべきだとしていたのを引っ込め、一転、「収束期」とみなし、その場合の数値である1〜20mSvでよいと言い出した。そのうえで、但し書きをつける。
しかし、この範囲の上限を使用することは限定的であるべきであり、グランドの使用制限等被ばくの低減化に努める必要があります。
上限の20mSvに設定してはならないと言っているのではない。「限定的」なら構わないというのだ。「限定的」とは、一時的という意味のようだ。
文部科学省に引きずられて、原子力安全委員会もまた4月9日の時点で早々に原子力緊急事態の「収束」を宣言したのだ。
混乱の原因はICRP勧告の矛盾
福島第一原子力発電所の事故は、現在なお、「収束」の見通しは立っていない。将来見通しが立たないどころではない。破綻した4機の原子炉の現状すらほとんどわかっていない。(定期点検中の4号炉以外の)1〜3号炉の核燃料は全部溶融し、圧力容器内にはとどまっていないようだ(www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=wwYk62WpV_s 参照)。圧力容器内の温度が100度C以下になるのを「冷温停止」と言うようだが、圧力容器内に核燃料が存在するという前提条件を失った以上、「冷温停止」は今後永久にありえない。
それどころか、溶融した核燃料が圧力容器の外側の格納容器内にあるかどうかもわからない。原子炉下部から地下にかけての様子はまったくわからない。4機の使用済み燃料プールは、もともと圧力容器にも格納容器にも入っていない剥き出しの核燃料がただ水につかっていただけだが、現在それらを直接目視することすらできない。溶融した核燃料ならびに燃料プール内の核燃料の再臨界の可能性がある。あらたな水素爆発や、水蒸気爆発、核爆発の可能性も否定できない。地下水や海洋への核物質の大規模拡散は不可避だろう。
事故発生から8か月以上経過した現在でも「収束期」とは到底言えないのだ。4月9日の時点で福島原発事故が「収束期」にあるとした文部科学省と、3時間で押し切られた原子力安全委員会は、なんらの根拠もなく「収束期」と認定したにすぎない。
わが国の法律が定める一般公衆の年間被曝許容量は1mSvである。しかし、日本国政府は2011年度新学期開始期に、(すでに実施された半径20kmの「警戒区域」を除き)園児・児童・生徒の緊急避難・移住をおこなわず、福島県内の1600あまりの保育園・幼稚園・小中高校の業務を、数校での校庭使用制限のほかは全部通常通り開始することにした。そのために使える適当な口実は、外国のNPO団体である「国際放射線防護委員会(ICRP)」が発行しているパンフレット以外に見当たらない。そこで政府は、核開発推進官庁の総元締である旧・科学技術庁=現・文部科学省科学技術・学術政策局にICRP文書を下敷きにした通達案作成を命じた。今回明らかになった内部調整の際の一連のやりとりは、国家行政機関における責任感と能力の欠如を示しているだけでなく、ICRP文書自体の非現実性と論理矛盾をも明らかにするものである。
現在、放射能汚染をめぐる違法状態を解消するため国内法体制を改変する作業が進められている。舞台は文部科学省の核開発推進部局におかれた「放射線審議会」であるが、いままさに金科玉条としてのICRP文書の自家撞着に起因する大混乱のさなかにある。