カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブル(カナレ4E6S:モガミ2534 = 20cm:80cm =1:4、入力側:ミニステレオプラグ、出力側:XLR銀)を購入し試聴した結果を記します。(2024.8.17)
システムは、以下のとおりです。このうち、ミニステレオプラグ用ケーブルに、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルを追加し、とくにモガミ2534と比較試聴します。
【CDドライブ】パイオニア BDR-XS07 JM、同 BDR-XD08MB-S 他
【CDデータ取込・送出】Apple MacBook Air 15inch(2023年、AppleシリコンM2、メモリ24GB、SSD1TB、MacOS 14.1 Sonoma)/ CDデータはアプリケーションの“Music”によりAIFFファイル生成/ユーティリティーのAudio MIDI SetupのAggregate Device(機器セット)でDrift Correction(データ訂正)作動
【CDデータ保存】GLYPH Atom EV SSD 2TB(接続ケーブルはunibrain USB3.1 Type C to Type C, 15cm)
【ケーブル】ミニステレオプラグ用ケーブル(Belden88760、Belden8412、モガミ2534、ヴァイタルVAM-265、Neumann)(いずれも長さ1m)
【ミキサー】A&H WZ4 12:2
【ケーブル】ベルデン88770(バランス伝送)
【チャンネルディバイダー】ベリンガーCX2310, クロスオーバー周波数1600Hz
【ケーブル】ベルデン88770(バランス伝送)
【アンプ】Thoman S-75 Mark II (左ch用と右ch用の2台、各々ch1でドライバー〔高域用1.25インチホーン〕、ch2でウーファー〔中低域15インチコーン〕を駆動)
【スピーカーケーブル】WE 16GA(オリジナル)、各4m
【スピーカー】EV-TX1152
【結界】盆栽コンクリート板、結界スタンド (コンクリート板の上面は床から162mm)
【電源トランス】スター電器製造株式会社 STH-3020A ダウン&アイソレーション3000W / 接地抵抗 26.5Ω
1 1990年代末以降の録音によるCD
近年発売されたCD、すなわち演奏・トラックダウン・マスタリングともに、おおむね21世紀になってからのものについて、比較試聴します。
(1)石川さゆりのアルバム『Transcend』(2023年、TECE-3697)は、96kHz/32bitないし192kHz/32bitで、ヴォーカルとオーケストラを同時収録したデータを、「アナログ信号に変換し、大型アナログコンソールにより調音・バランス等を整えトラックダウンし、PCM384kHz32bitデジタルファイルに変換」したものを、ラッカー盤にカッティングし、それをオルトフォンのカートリッジSPU Classic GE Mk IIとMCトランス ST-30で再生してCD原盤を作成した、とジャケットに記載されています。「ステレオサウンド 代表取締役社長 原田知幸」が参加しているとのことで、こういう次第になったようです。
第1トラック「津軽海峡・冬景色」は、新編曲でジャズのビッグバンドの伴奏によるものです。石川さゆりは収録時は62歳ないし63歳で、他の歌手では声の衰えが歴然としてしまう年齢ですが、驚異的に声質・声量を維持しています。とはいえ、たとえば17歳で収録した最初の「津軽海峡・冬景色」のような若さゆえの圧倒的な力強さとは異なる、年齢と修練を重ねた声を聞かせます。それが、モガミ2534単独ケーブルだと石川さゆりのヴォーカルにややトロ味が感じられるのですが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルだとスッキリした抜けの良い声質になります。まさに混合ケーブルで聴くべきCDだといえます。
石川さゆりというと、「津軽海峡・冬景色」(作詞:阿久悠、作曲:三木たかし)と「天城越え」(作詞:吉岡治、作曲:弦哲也)ばかりと思っていたのですが、いろいろ新しい試みをしていて、たとえばさまざまの作詞家・作曲家から曲の提供を受けたアルバムを数多く出しています。『X-Cross 石川さゆり』(2012年、TECE-3111)の第7トラック「花火」は、山崎ハコの作詞・作曲によるもので、モガミ2534単独だと石川さゆりのヴォーカルが飽和気味なのですが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルでは粒立ちが良くなり、子音の表現や声の掠れなどの微細なニュアンスがよく表現されます。激変というべき違いです。
(2)綾戸智絵(あやど・ちえ)のアルバム『LOVE』(2000年、TGCS-826)は、モガミ2534単独ケーブルより、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴く方が優れています。たとえば第4トラック「The End Of The World」では混合ケーブルの方が子音がよく聴こえるなど、綾戸智恵のヴォーカルの解像がはるかに優れています。また、綾戸自身がピアノで通しで弾くオクターブの重音の各々がよくわかります。第5トラック「Day Tripper」では冒頭からのベースの分離と粒だちが良好で、叫ぶようなヴォーカルがモガミでは詰まり気味だったのですが、混合ケーブルではニュアンスよく表現されます。
ためしにジャズだからといって?、ベルデン8412で聴くと、ヴォーカルの高域がうまく再生されず詰まったようになってしまいます。
(3)田尻洋一(よういち)のアルバム『The Live!』(2020年、OTTAVA-10004)は、2012年に伊丹アイフォニックホールでベートーヴェンの交響曲第7番のピアノ編曲版を、いたみ市立文化会館で序曲2曲のピアノ編曲版を、いずれもライブ録音したものです。たとえば第5トラック「コリオラン序曲ハ短調作品62」を聴くと、冒頭の強い打鍵で、すでにカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルの方が良い印象です。特に高音の繊細な表現にすぐれるカナレの特徴があらわれています。ただし、ずいぶんピアノに近接してマイクを立てたようで、間接音のない乾いた音響です。
演奏後の拍手は、まったくリアリティーがありません。それらがカナレでより強調されてしまうのが、いささか耳障りなところです。終わらないうちに拍手する愚か者もいるくらいですから、拍手などどうでも良いのですが……。
クラシックということで?、試しにノイマンで聴いてみましたが、適しません。
(4)鈴木優人(まさと)のアルバム『J.S.Bach Concertos for Two Harpsichords〔2台のハープシコードのための協奏曲〕』(2014年、BIS02051、SACDハイブリッド)では、モガミ2534単独ケーブルよりカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルの方が、父の鈴木正昭(まさあき)との2台体制のハープシコードの高域の撥弦音がきわめて鮮明で、モガミの場合とは大きく異なります。
ところが、ジャケットにこうあります。
「Neumann Microphones; RME Octamic D microphone preamplifier and high resolution A/D converter」
そこでノイマンで聞いてみると、低音楽器(チェロ・コントラバス)が極めて鮮明です。ドイツ人のエンジニアがノイマンのマイクロフォンを使用(持参?)したようで、そうなると当然ながらケーブルもノイマンでしょう。これはどうやら、モガミやカナレよりノイマンが適合する例のようです。
(5)イリーナ・メジューエワは日本在住のロシア人ピアニストで、若林工房が多くのアルバムを発売しました(若林工房は2022年に事業終了したので今後どうなるのかはわかりません)。アルバム『Johann Sebastian Bach, The French Suites〔バッハ、フランス組曲〕』(2021年、WAKA-4220, 4221)については、モガミ2534単独ケーブルとカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルのいずれも、高音が籠ったように聞こえ、特に良い印象がありません。
ノイマンで聞いてみると、抑えがとれたような音で、これがもっとも良いようです。
2 1970年代から1980年代にかけての録音を、リマスタリングしたCD
つぎに、演奏自体はデジタル機器などなかった1970年代から1980年代初頭のアナログデータを2010年頃以降にCD用にリマスタリングしたものです。
(1)山崎ハコ(やまさき・はこ)の最初のアルバム『飛・び・ま・す』は、1975年にアナログディスク(LP)として発売され、1994年にCD(PCCA-00574)が発売されました。試聴したのは2013年のリマスタリング版(2013年、WPCL-11496)です。
CDブックレットに、次のとおりの表記があります。
「デジタル・リマスタリング・エンジニア株式会社ミキサーズラボ ワーナーミュージック・マスタリング 田中龍一 Licensed by 株式会社ポニーキャニオン」
2013年に山崎ハコが改めて演奏して収録したのではありません。元の1975年の録音(マスターテープもしくは、その写し)からマスタリングしてCDを作成したのかもしれませんが、もしかすると1994年のCDのデジタル音源からのリマスタリングかも知れません。リマスタリングと一口にいっても、一様ではないようです。
第9トラックの「飛びます」をモガミ2534で聴くと、山崎ハコのヴォーカルが飽和気味で、詰まったような印象ですが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルでは、ヴォーカルの粒立ちが良くなり、音像定位も鮮明で遥かにリアルになります。十代の青年らしい爽やかな印象です。伴奏の楽器も分離が良くなります。当時は「暗い」などという訳のわからないレッテルを貼られた歌手のようですが、この声を聴くとそのような評価はいかにも表面的で軽薄なものであり、かえってそう言っていた人たちの暗愚が露呈します。
カナレの特徴として、繊細な高音域が明瞭に再生される点があります。女声の高域はもちろんですが、さらにギターのように撥弦楽器の音や、シンバルの微細な音が印象的です。
アルバム『山崎ハコ ファーストライブ』(VODL-60601)の第1トラック「ハーモニカ吹きの男」では、冒頭のライブ開幕時の拍手や、歌い終わった後に肩で息をする様子や、「頑張れ」の掛け声などすべて、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルが圧倒的にリアルです。
(2)次に、松任谷由実(荒井由美)の40周年アルバム『日本の恋と、ユーミンと。』(2012年、TOCT-29103, 29104, 29105)です。「40周年」にあたって改めて演奏して収録したものではなく、デビュー以来40年間にわたる各時期の演奏の録音を収録したものです。詳細はわかりませんが、1980年代なかばまではアナログ録音、以後はデジタル録音のようです。
CDブックレットに、次のとおりの表記があります。
「All Songs Mastered by Bernie Grundman (Barnie Grundman Mastering L.A.)」
1973年以来の各々の演奏の録音から、リマスタリングしたもののようです。ただし、このリマスタリングは、この2012年の「40周年」版のためにはじめておこなったのではなく、1999年に多くのCDアルバムが再発売されていますから、その時点でバーニー・グルンドマンによるリマスタリングが行われていたようです。なお、これも(1)の山崎ハコ同様に、マスターテープもしくは、その写しからなのか、のちのCDの音源となったデジタルデータからなのかはわかりません。
カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴くと、40周年アルバムは、モガミ2534で聴くのと比べて、概ね高域・中低域ともに分離がよくなり、音像定位も向上しています。たとえば「ひこうき雲」は、最初のアルバム『ひこうき雲』(1973年)にあったものですが、モガミ2534単独ケーブルだとヴォーカルが飽和気味ですが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルだとヴォーカルのニュアンスが判明で、若さを感じさせるものになっています。伴奏の分離も良好です。
(3)次に、太田裕美のアルバム『太田裕美 Singles 1974~1978』(2003年、MHCL 10001、SACDハイブリッド)と、『太田裕美 Singles 1978~2001』(2004年、MHCL 10006,10007、SACDハイブリッド)です。いずれも、シングル盤(EPレコードないしCD)として発売された楽曲の集成版です。これも松任谷由実の『日本の恋と、ユーミンと。』と同様に、新たな演奏ではなく、デビュー以来の各時期の演奏の録音からリマスタリングしたものです。HMVのウェブサイトには、MHCL 10001について「最新デジタルリマスター音源」と記されています。
これも(2)の松任谷由実同様に、長い期間にわたって収録された多くの演奏録音を、だいぶ年月を経た後に一括してリマスタリングしたようです。ということは、集成盤CD中の数曲・数十曲の音質は各々おおいに異なるはずで、各トラックについて個別に試聴しなければならないのですが、ここではいくつかを抜き出して検討するだけにします。
従来モガミ2534単独ケーブルで聴いていたものを、改めてカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴くと、全体に印象は大きく異なります。たとえば、『太田裕美 Singles 1974~1978』の第7トラック、太田裕美の十八番「木綿のハンカチーフ」のヴォーカルでは、ニュアンスの違いがよく表現されていることがよくわかるようになります。二人(都会に出た男と地方に残った女)の各時期の感情の変遷が丁寧に歌い分けられています。伴奏も判明です。
太田裕美は、1982年の8か月間のニューヨーク留学以降、にわかにイメージ違いのテクノポップ調を試みていて、『太田裕美 Singles 1978~2001』の2枚目(MHCL 10007)に収録されている1983年の「満月の夜 君んちへ行ったよ」(第5トラック)以降、だいぶ印象の異なる楽曲が続きます。第15トラックの別演奏版の「満月の夜 君んちへ行ったよ(remix)」をカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴くと、間奏部分でマイケル・ジャクソンの「スリラー」同様の犬の遠吠えがリアルに聞こえます。また、左チャンネルの奥の方から、太田裕美によるセリフが微かに聞こえてきます。混合ケーブルはこのような微細な背景音の再生も得意なようです。
(4)岩崎宏美のアルバム『ゴールデン☆ベスト』(2014年、VICL 70133、SHM-CD〔液晶パネル用ポリカーボネート盤〕)と、アルバム『ゴールデン☆ベスト・デラックス』(2014年、VICL 70159, 70160, 70161、SHM-CD)は、それぞれ、2007年のVICL 62342、2009年のVICL 62340, 63421, 63422と「同一内容」と記されていますが、リマスタリングされているようです。
というのも、『ゴールデン☆ベスト』の第1トラック「ロマンス」、第18トラック「夢狩人」などはカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルが優れていることから、そのように推測したものです。とりわけ第19トラック「シンデレラ・ハネムーン」では間奏の楽器の音質がすぐれているほか、とりわけ第20トラック「二重唱(デュエット)」のヴォーカルのインパクトが印象的です。
(5)松田聖子のアルバム『SEIKO STORY』(2011年、MHCL 20128, 20129、BlueSpecCD)も、同様にリマスタリング版のようです。モガミで聴くよりもカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルの方が、優れています。たとえばCD1の第2トラック「青い珊瑚礁」ではヴォーカルの定位が良好です。
なお、アルバム『歌姫、歌謡曲ベスト・ヒット』(2018年、DQCL 2133)は、14人の「歌姫」による14曲の集成版CDですが、その第1トラックに松田聖子「赤いスイートピー」があり、『SEIKO STORY』の第11トラックの「赤いスイートピー」と比較することができます。『歌姫、歌謡曲ベスト・ヒット』の方は、どうやらリマスタリングしたものではないようで、モガミが適します。カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴くリマスタリング版の『SEIKO STORY』では、ヴォーカル・伴奏ともにかなり優れています。
(6)久保田早紀のアルバム『夢がたり/久保田早紀』(2013年、MHCL 30043、BlueSpecCD)は、1979年にアナログディスク(LP)として発売され、1990年にCD(CSCL 1228)が発売されました。試聴したのはリマスタリング版(2013年、MHCL 30043、BlueSpecCD)です。ジャケットに「Remastered by 内藤哲也(Sony Music, Studios Tokyo)」とあります。第3トラックが当時のヒット曲の「異邦人」ですが、これをカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴くと、モガミではもっさりした感じだったヴォーカルがスッキリと聞こえます。
1980年にLPレコードで発売された『SAUDADE〔サウダーデ〕』は、1991年にCD版(SRCL 2094)が発売され、2013年にリマスタリング盤が発売されました(MHCL 30144、BlueSpecCD)。「Remastered by 内藤哲也(Sony Music, Studios Tokyo)」と記されています。
その第1トラックは別演奏の「異邦人」です。有名どころの奏者を揃えた伴奏がモガミで聴くといささか緩かったのですが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルでは分離・定位ともにはるかに良好です。なによりヴォーカルが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルの方が、リアルではるかに優れています。
(7)1990年代以降のものを含む中島みゆきのアルバムについては、3で触れることにします。
3 1990年代末以前のCD
CDが発売されたのは1982年ですが、急速に普及して1986年には枚数でLPレコードを逆転します。このCD普及期に発売されたもののうち、売れ行きの良いものは前項の2のようにリマスタリングされ、今日までそのまま新品ないし中古品として流通しています。LPのようには劣化(傷・反り・ホコリ・カビ)しないうえ、レーザーディスクのように廃止されることもなく、少々の規格変更のうえで現行の製品規格として存続していることもあり、とりわけ中高年齢層の家庭で(骨董品ではなく)現役の音楽ソースとなっているようです。(若年層はインターネットの「サブスク」や無料のYoutubeなどを聴くようです。)
(1)松任谷由実の初期のCDはほとんどが、そのままかリマスタリングしたうえで再発売されています。その一例として、CD時代の始め頃のアルバム『Delight Slight Light KISS』(1988年、CT32-5350)の第1トラック「リフレインが叫んでる」と、2012年の40周年アルバム『日本の恋と、ユーミンと。』の3枚目(TOCT-29105)の第1トラック「リフレインが叫んでる」とを比較します。ふたつは同一の演奏です。
前者の当初の版と、後者のリマスタリング版を、それぞれモガミ2534単独ケーブルと、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルとで比較試聴します。1988年版ではカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルより、モガミ2534単独ケーブルの方が、良好です。2012年のリマスタリング版ではモガミ2534よりカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルの方がすぐれています。
そのうえで、モガミ2534で聞く1988年版「リフレインが叫んでる」と、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聞く2012年版「リフレインが叫んでる」を比較すると、後者のヴォーカルが明確に優れています。とくに静かな歌い出しの低い声がきわめてリアルです。冒頭の自動車の走行音を模したシンセサイザー音やドラムなども、混合ケーブルで聴く2012年版のほうが優れています。なお、2(2)で言及したとおり、バーニー・グルンドマンがリマスタリングをしたと明記されています。次の3(2)での中島みゆきの事情を参照すると、ロサンゼルスのスタジオで作業したのかも知れません。しかし、これを試しにベルデン8412で聞いてみると、混合ケーブルで聴く2012年版はもちろん、モガミで聴く1988年版より劣ります。
アルバム『Cowgirl Dreamin』(1997年、TOCT 9830)について触れておきます。1997年発売の版が、そのまま今も販売されているようです。ブックレットの説明によれば、ロサンゼルスのほか、ボルチモア(メリーランド州、東海岸)などで収録やマスタリングをおこなったようです。その第10トラック「まちぶせ」はカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルだと、ヴォーカルが引っ込んでしまい、伴奏もモヤついてしまいます。モガミ2534単独ケーブルだとそれほど悪くはないのですが、ベルデン8412に切り替えると、伴奏楽器群の分離が良好で、タンバリンやシンバルの響きが繊細な音を響かせ、なによりヴォーカルが明るくなり、まさに激変します。
(2)中島みゆきの最初のアルバム『私の声が聞こえますか』(1976年、AV-9001)から9枚目のアルバム『寒水魚』(1982年、C28A-0208)まではLPレコード(とカセットテープ)で発売されました。CDのなかった時期です。1983年以降、LPレコードと同時にCDも作成されるようになり、1986年にはLPレコード版の初期のアルバムが一斉にCD化されました。
それらのCDアルバムはどれも絶版になることなく、数年ごとに新版が発売されることになります。1976年以降、50年近い期間に発売された40枚以上のアルバムが、改版を経て、現在もほとんど全部発売されています(このようなことは、ほかには松任谷由実だけでしょう)。旧版も、全部ではありませんが、多くがアマゾンやタワーレコードなどで新品ないし中古品として、購入できます)。
中島みゆきのアルバムは、2010年に、最初のアルバム『私の声が聞こえますか』(1976年)から18番目のアルバム『夜を往け』(1990年)までが一挙にリマスタリングされました。HMVなどの商品説明には、「LAの名エンジニア トム・ベイカーがマスター音源をより豊かにリマスタリング」とあります。以降のものも順次リマスタリング版に取って代わりました。
いくつか抜粋して、試聴することにします。中島みゆきといえば「時代」であり(自分で「名曲」だと言っています。例のおちゃらけでしょうが……)、数多の演奏・録音があります。まず、最初のアルバム『私の声がきこえますか』(〔LP:1976年〕CD:1986年、AARD-VARK D32A0223)の第12トラック「時代」では、モガミ2534単独ケーブルの方が、ヴォーカルも間奏部のギターもはるかに優れています。とくに最後のほうの本人の二重録音による重唱で顕著です。カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルでは、ヴォーカルと楽器のいずれも劣ります。
21番目のアルバム『時代』(1993年、PCCA-00482)の第1トラックでは、冒頭で1975年の「第6回歌謡祭」の際の司会の坂本九とジュディ・オングによる紹介アナウンスと中島みゆきの歌い出し(23歳)が流れた後、あらためて「時代」の演奏(40歳)になるのですが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルの方が、それら3つすべてがリアルです。モガミ2534単独ケーブルでは3つとも音が痩せてしまいます。第2トラック「風の姿」も同様に、混合ケーブルだとヴォーカルが豊かな音ですが、モガミ2534単独ケーブルだと細い音になります。(ついでに、この「風の姿」を歌った中江有里〔アルバム『deux couleurs NAKAE YURI』1993年、BVCR-619 の第5トラック〕を聞くと、逆にモガミだと若さを感じさせるやわらかい声であるるのに対して、混合ケーブルだと声がやせてしまいます。)
なお、アルバム『中島みゆき THE BEST』(1986、AARD-VARK D32A0155)は、初出の各アルバムのものと同一演奏を収録しているはずですが、マスタリングの差異なのでしょうか音質が劣ります。
つぎに、(1)の松任谷由実の「リフレインが叫んでる」についておこなったように、元の版とリマスタリング版とを、それぞれモガミ2534単独ケーブルとカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで比較します。しかし、クラシックなら数十年前の演奏は、歴史的名演であっても多くが1枚500円程度のセット物になるところ、中島みゆきの場合そのような叩き売りにはならず、リマスタリング版は1枚3300円です。中古品も、松任谷由実では一部を除いて100円から300円ですが、中島みゆきでは中古の安価な出物はほとんどありません。ここでは全部購入しての試聴はせず、1枚だけ試聴します。
7番目のアルバム『生きていてもいいですか』のCD初版は1986年(LPレコードは1980年)ですが、2010年に瀬尾一三(せお・いちぞう)のプロデュースによりリマスタリングされ、それが現在も販売されています。瀬尾一三は1988年以降、中島みゆきのアルバムはもちろんライブ(コンサート、「夜会」など)まで全般をプロデュースしています。最近発売されたリマスタリング版の『Singles』(2024年、YCCW 10420、Blu-specCD2)について、瀬尾一三の談話があるので、文末の補遺1に抜粋します。自身は渡米することなく『Singles』のデータをロサンゼルスに送信し、そこでアメリカ人の技術者が作業したと明かしています。リマスタリングというのは、元のマルチトラックで収録したデータから再度ミキシングとマスタリングをするのではなく、レベル合わせとトーンコントロール程度のことをしただけだと述べています。
「コロナ」以前は、瀬尾一三が実際にロサンゼルスに行き、そこで作業に立ち会ったようです。リマスタリング版のブックレットには、「Re-Mastering Engineer Tom Bakerat Precision Mastering & Baker Mastering (Los Angels), Re-Mastering Producer 瀬尾一三」とあります。
『生きていてもいいですか』の旧版と新版を比較試聴してみます(“Music”は、同一名称のCDデータを区別できず、同一物と判断するようで、リッピングしてあるデータを置き換えるか、追加するかをきいてくるのですが、追加を選ぶと同じディスクのファイルの中に並べて入れてしまいます(クラシックだと同じ曲の同じ楽章名がつくと別の演奏者のまったく別のCDなのにその区別がつかず、1枚分のなかにいれてしまうこともあります)。バグというわけではないので、今後修正されることもないでしょうから、要注意です)。
旧版『生きていてもいいですか』をモガミ2534単独ケーブルで聴くと、ヴォーカル・伴奏の細かなニュアンスまできわめて良好に再現されます。中島みゆきは、叫んだり、ささやいたり、軽妙におどけたり、泣き声で歌ったり、ヨタってみたり、かと思うと凛としてみたり、果てはドスを効かせたりと、一本調子にならないよういろいろ声色を使い分けるのが特徴ですが(歌詞の多様性とあわせ、これが50年以上も歌手兼作詞家兼作曲家として第一線で活動を続けることができた理由のひとつでしょう)、それらもモガミ2534単独ケーブルできわめてよく表現されます。とくにこの『生きていてもいいですか』には、ストレートに声を響かせる「うらみます」や「エレーン」、淡々と語るように歌う「蕎麦屋」など、ヴォーカルの多様性は目まぐるしいほどですから、試聴には最適です。
1980年の旧版をモガミ2534単独ケーブルで聞いた後、2010年のリマスタリング版『生きていてもいいですか』を、まずは同じくモガミ2534単独ケーブルで聴くと、いきなり大音量が飛び出してびっくりします。第1トラックが「うらみます」の張り上げた声なので余計です。旧版の音量レベルが特段低かったわけでもないと思うのですが、新版はあえて音量を上げたようです。リマスタリングに限らず、そもそも最近はマスタリングにおいて、とにかく音圧を上げるのが、一般的になっているようです(音量ではなく、音圧というようです)。ただし、そうなると同一トラック内でも、同一アルバム内でも、音圧差が圧縮されることになります(一本調子の短い曲ならまだしも、一曲が長時間にわたるクラシックなどでこれをやると支障を生ずることになります。昔のLPレコードでは、たとえばベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」の第一楽章冒頭はかなり音圧を上げてあったようです。SN比を上げるためですが、ノイズのない当今のCDでは冒頭はきわめて音圧が低くなっています。聞こえるか聞こえないかというくらいなのです。そこでうっかりヴォリュームを上げようものなら、曲が進行するととんでもない音圧になってしまいます)。
ということで、ミキサーのスライダーを下げたり上げたりして両方を聴き比べることになります。新版では高域がほんのわずか上がる程度です。それはミキサーのイコライザーで少々高域を上げた程度であり、特に定位や音像に違いがあるとも思えません。もっとも重大なことは、中島みゆきのヴォーカルにほとんど変化がないことです。
カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルに挿し替える以前に、モガミ2534単独ケーブルで新旧版に(音量=音圧以外には)ほとんど差がないのです。カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで、新旧両版を聴いても、カナレの特徴としての高域の張り出しがあるというだけで、新旧両版に(音量=音圧以外には)差異はほとんどありません。「うらみます」の後半部分でヴォーカルが飽和気味になるのも、まったく同じです。山崎ハコではカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聞くリマスタリング版のヴォーカルが格段によくなっていて、激変といってもいいほどだったのとは対照的です。
瀬尾一三は、補遺1のとおり、今年発売された『Singles』について、トラックダウンする以前の大もとのテープから、ミキシングし直してCD用にマスタリングしたのではなく(そんなものはもう存在しないので、不可能なのです)、LRの2チャンネルに落とし込まれた既存の最終データに少々の手直しを加えて(音圧も上げて)、それをリマスタリングと言っているのです。2010年の時点でおこなわれた18本のアルバムでも同様だったのかも知れません。すくなくとも、1枚だけ試聴する限りではそのように思えます。
なお、瀬尾がプロデュースするようになったのは1988年であり、1990年以降は、演奏・録音自体も、一部(割合は不明)はロサンゼルスでおこなわれたようです(補遺2参照)。そうなると、中島みゆきの演奏は、マスタリングやリマスタリングどころか、最初の演奏やミキシングからして作業内容と使用された機材の事情が一定せず、もはやモガミ2534単独ケーブルとカナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルとの比較の範囲を超えてしまうようです。
一例を挙げます。アルバム『心守歌』(2001年、YCCW-00029)は、20年以上たちますが現行版であり、リマスタリングはされていません。というより、のちに既発売盤のリマスタリングを担当することになるトム・ベイカーが最初からマスタリングをしているのです。第10トラック「Lovers Only」は、モガミや混合ケーブルではヴォーカルが抑え込まれたように聞こえるのですが、、ベルデン8412ケーブルだと前奏の楽器からして素晴らしく、ヴォーカルもすっきりと輝くようです(この『心守歌』直後の神奈川県民ホールでのコンサートは、大音響の楽器群の音が歪み割れてしまって、ヴォーカルはおよそ言葉など聞き取れないのです。中島みゆきは、著書でも歌詞覚えの苦労話をしています。黒部から中継した「紅白」では歌詞をトチったし、それどころか歌詞を間違ったままのCDアルバムもあるくらいです。コンサート当日も歌詞忘れについて喋っていたのですが、歌詞など全然聞き取れないのですから、心配ご無用なのです。こういう次第で中島みゆきのコンサートでは生音も何もあったものではありません。ほかの歌手だと聴衆が騒ぎまくるので曲を聞くどころではないのですが、中島みゆきのコンサートは常時シンと静まり返った聴衆が謹んでご拝聴しているという状態ですから、邪魔は入らないのですが、そもそも生音自体がとんでもないのです。「夜会」だとさすがにPAはそれほどひどくはないのですが……)
中島みゆき(プロデューサー:瀬尾一三)もまた、松任谷由実(プロデューサー:松任谷正隆)同様、20世紀末の時点で、アメリカ合州国での演奏・収録・マスタリングに移行しはじめたようで、四種ケーブル(と混合ケーブル)の選択に微妙な影響を与えるようです。
(3)福山雅治のアルバム『The Golden Oldies』(2002年、UUCH-1055)の第2トラック「ファイト」は、中島みゆきの曲です。モガミ2534単独ケーブルだと良好なヴォーカルが、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルだとカサついてしまいます。
(4)キャンディーズは、1978年に解散しているので、活動期に発売されたのはアナログディスク(EPシングル盤とLP)だけであり、活動期に作成・発売されたCDはありません。のちにどのようにCD化されたのかはよくわかりませんが、アマゾンなどを見ると、1991年に発売されたアルバム『年下の男の子』と『その気にさせないで』の中古品がかなりの高額で販売されています。ほかのアルバムについてはわかりません。CDアルバムのリマスタリングの存否も不明です。
CDのベストアルバムは、1983年以降各種発売されています。試聴したのは、2002年発売の『GOLDEN☆BEST キャンディーズ』(MHCL 111, 112)です。最初のCD音源なのか、それともリマスタリングされたのかはわかりませんが、CD1の第1トラック「年下の男の子」を聴くと、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルではヴォーカルの3人の声が癒着してしまうのですが、モガミ2534単独ケーブルではソプラノ2人とアルト1人が判明に分離したうえで、和声を形成しているのがよく聞こえます(モーツァルトの『魔笛』での、3人の侍女のソプラノ2人とアルト1人の重唱を想起させるというと、いささか大袈裟でしょうか)。楽器の分離もモガミの方が良好です。1990年代以前すなわちカナレ普及以前に、収録・トラックダウン・マスタリングまでが、モガミ2534単独ケーブルのみでおこなわれたように思われます。
(4)井上陽水のアルバム『GOLDEN BEST』(1999年、FLCF 3761)を、モガミ2534単独ケーブルと、カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルとを聴き比べます。CD1の第10トラック「心もよう」は、混合ケーブルの方が減り張りが効いて良好なのですが、曲によっては五月蝿い感じを受けるものもあります。全体としてはいずれとも断定できませんが、どうやらリマスタリングしたものではないようです。20世紀末という時期からすると、まだカナレのケーブルが普及してモガミとの“混合”状態が一般化する直前だったのかもしれません。
アルバム『陽水ライヴもどり道』(2006年、UPCY-6254)はどうでしょうか。1973年4月14日の厚生年金小ホールのライヴ録音で、その年のうちにLPレコードが発売されたもののCD版です。最初のCD版かどうかはわかりません。カナレ4E6S+モガミ2534混合ケーブルで聴く第1トラック「夏まつり」のギターの胴体を叩く音や観客の拍手がリアルです。この曲や第2トラック「いつのまにか少女は」の揚水の声は若々しく聞こえます。混合ケーブルがやや良いとも思えますが、高音の明確化というカナレの特徴が現れているようです。全体としては歴然たる差ではないようです。2019年の「限定盤(UHCD)」(UPCY-7558)はリマスター版とのことですが、この2006年版はリマスター版ではないように思われます。
補遺1 中島みゆきの録音・マスタリング・リマスタリングについてのプロデューサー瀬尾一三の証言
「中島みゆきの音楽活動のルーツを辿る、瀬尾一三が語る『Singles』【リマスター】」(2024.5.16)
田家:今回のリマスタリングはLAのレジェンドエンジニア、スティーブン・マーカッセンさん。LAのいろいろな作業は瀬尾さんが始められた90年代当時から向こうに行って。
瀬尾:そうですね。録音もずっとしていたので。
田家:今回は?
瀬尾:最近の文明の利器ってすごいですよね。こちらが出来上がったミックスマスターと言われる、まだマスタリングをする前の音のマスター。それをデータで送れるんですよ。ちゃんと同じ質のものが向こうに届いて、それをリマスターしてくれるんです。それを今度、こちらへ折り返してきて、これでどう? それのやり取りです。
田家:立ち会いみたいなものはないんですね。
瀬尾:今まではそれをロサンゼルスまで行って、スタジオに行ってスティーブンに会って、もうちょっ とここはこうしてと欲しいとかということをきちんとやっていたんですけど、今は体が動かなくてもいいんです。データだけが行き来しています。
田家:それは今まであまりなかったことですか?
瀬尾:ここ数年。コロナから特にそうなりましたね。
(https://rollingstonejapan.com/articles/detail/40997/2/1/1)
田家:さっきのスティーブン・マーカッセンさんのデータのやり取りの中で、注文って言うんですか。こうしてほしい、ああしてほしいみたいな。
瀬尾:一番最初に伝えたのが、まず一番古い音源をもとに作ってくださいと。新しい音源で全体を作ると、所謂音質とか楽器と彼女のバランスを決めたり、彼の場合はリバーブを足したりもするので、新しいほうからだんだん遡っていくと、違うんじゃないかって、なっしまうので発売順でやってくれと言いました。
田家:それでわかりました。なるほどね。
(https://rollingstonejapan.com/articles/detail/40997/4/1/1)
「瀬尾一三と語る1970年代の中島みゆき、稀有なリマスタリング・アルバム『Singles』【リマスター】」(2024.5.18)
田家:あらためて思ったんですけれども、マスタリングとトラックダウンで作り直すときの手の加え方の違いみたいなものがあるんですか。
瀬尾:当然。トラックダウンとマスタリングという作業が違いますね。簡単に言っちゃうとトラックダウンは料理するときの材料がバーっと並んでいるんですよ。それを料理して1つにできました。で、マスタリングというのは、それをどういうふうにメニューに載せようか、写真に撮ろうかみたいな。美しく、どうやったら綺麗になるか。録音というのは必ずしも同じスタジオで同じミュージシャンで同じエンジニアでやっているわけではないので、音質がバラバラになって。トラックダウンもエンジニアが必ずしも一緒ではないので、詳しいことを言ったら、昔はいろいろな信号を合わせたりとかもなんだかんだいろいろな作業があったんですよ。音量差とかがいろいろとあるので、それを綺麗に整えて1枚のアルバムとかにするのが、マスタリングという作業です。リマスタリングというのはマスタリングされた、料理されたものをもう1回綺麗にできないかと。もう1回ちょっと手を加えたら、もっと素材が生きるような綺麗に聴こえないかという作業をするのが、リマスタリングです。それは全然役が違うので。
田家:リマスタリングの方が前に出来上がったものと変化をつけるのが難しいんじゃないですか。
瀬尾:当然、L、Rしかないんですもん。楽器も歌も全部バランスがとられたものが入っている。それを音域、高・中・低というところ。アコギがこういうふうに聴こえるように、ヴォーカルが前に出るようにとかすごく微調整する。今はその技術が前よりは進んだので、よりリマスターで修正ができるようになりましたけれどもね。昔は全然そんなことできるわけないですし、録ったら録ったままという感じだから。
田家:ひょっとしてリミックスしたのではないかというふうに思われるぐらいの。
瀬尾:本当はリミックスしたかったんですけれども、もうないんですよ。マルチ、元が。だから、もう全然できないですね。
田家:みなさんがイメージされているリマスタリング・アルバムとはかなり違うものだと思っていただけると、このアルバムがより楽しめるのではないかと思います。
(https://rollingstonejapan.com/articles/detail/40999/2/1/1)
補遺2 中島みゆきの録音・マスタリング・リマスタリングについての中島みゆき本人の証言
「……ミュージシャンたるもの『飽きるほど行った』という響きをこめてさりげなく言えなくてはならないフレーズ、のひとつに『ロスではさぁ』というのがございます。ございますが中島はつい最近初めて行ったばかりなので『ロス』なんてとても言えない。なんか、カァーとか勝手に照れてしまって、小さい声で『ロス……アンゼルス』。」〔1993年〕
(中島みゆき『ジャパニーズ・スマイル』1994年、新潮社、p.91.)
「お待たせいたしました。ロサンゼルスに通うこと四年で六回、大暴動と大地震と強盗殺人の隙間をかいくぐって、運良くまだ生き残ってる中島です。」(同、p.171.)
「なんでまた、わざわざそんな街〔ロサンゼルス〕までレコーディングしに行くのか、その素朴な疑問には、素朴な理由でお答えしましょう。…だって安いんだもーん。…スタジオ代が安いんだもーん。飛行機代と宿代を引いても、まだ安い。ひっくり返して言えば、それだけ日本のスタジオ代は高い。あまりに高すぎる。コワくてNG出せない。出すけど」(pp.172-73.)
「そもそも、あたしの海外レコーディングが始まったのはニューヨークからでありました。厳密に言うとニューヨークはレコーディングではなくミキシングですけれども、……」
「ただしニューヨークのスタジオ代は、日本に負けず劣らず、ムチャ高く、ならばなんでニューヨークだったのかと思い返してみるに、これは当時のプロデューサーの甲斐よしひろおとーさま(敬意を込めてこうお呼び申し上げているのである)の単なる好み、ですね。」
「……懲りないプロデューサーとして登場し今に至る瀬尾一三師匠(敬意を込めてこうお呼び申し上げているのである)が、アルバム『歌でしか言えない』〔1991年〕の制作にあたってロサンゼルスレコーディングを提案なさったときには、あたしは『はー、いいですね』と返事しながら、実は困っておりました。」(同、p.174.)
「今月はKAN・TANライブ用のミックスダウンをやってるんだけども、このスタジオ〔東京のスタジオのようである〕は蚊が多い。虫よけスプレー持ってスタジオへ通う姿は、なんかなさけない。でも出前が夜遅くまであるから「良いスタジオ」と呼んでいる。「浅い眠り」のミックスをここで〔1992年〕5月にやって、その後アルバムのミックスで7月に来たら、冷蔵庫の中にみゆきさんのお忘れ物、として「なまものですのでお早くお召し上がり下さい」のゼリーがまだ入っていた、というほど律儀なスタジオである。今日、みゆきさんはこのスタジオの冷蔵庫にチョコレートを忘れてきた。」〔1992年7月〕(p.113.)